快挙


朝目が覚めて、すぐテレビをつけると村主章枝の演技が終わったところだった。
やがて、荒川静香が素晴らしい演技を見せてすでにアメリカのサーシャ・コーエンを抑えて現在トップに立っているということがわかった。
村主の点数が出た。ショートプログラムの順位からひとつ上げて3位につける。
残る滑走者は二人。この時点で荒川のメダル獲得が確定。
まずアメリカのキミー・マイズナーが登場した。
得点は伸びず、5位。
そして最終滑走者は、荒川にとって最大・最強の敵、
ロシアのイリーナ・スルツカヤ


荒川のショートプログラム3位という結果を受けて、楽観的に見れば荒川が完璧に滑って、上二人が転べば優勝!であるが、私も含めて「そんなにうまくいくわけが…、メダルが取れれば御の字」と斜に構えていた向きは少なくあるまい。
逆に言えばどちらも冒険さえしなければ荒川は上に行けない、という値踏みがあったのだ。
しかしコーエンは荒川の直前に滑ってミスをした。それを見た荒川にわずかでも余裕が生まれたことは間違いないだろう。
逆にその荒川のほぼ完璧な演技は、最終滑走のスルツカヤに計り知れないプレッシャーを与えたはずである。
この滑走順は荒川にとってはこの上ない巡り合わせだったといえよう。


多くの日本国民が固唾を呑んで見守る中、スルツカヤの演技はスタートした。
最初のコンビネーションジャンプが単発に終わった。これは守りに回ったかな、と思った。
ノーミスで終わられたらしょうがない。しかし、滑っている彼女には悪いが「何か」が起きることを期待していた。
そしてそれは現実に起こった。
後半の3回転ジャンプで、転倒―――
全体を通してもいつもの精彩を欠いていたというスルツカヤの演技に、荒川を凌ぐ点数はつかなかった。


今大会不振にあえいだ日本に、初のメダル、それも金メダルがもたらされた。
しかもオリンピックのフィギュアスケート史上アジア選手の金メダルは初。文句なしの快挙である。
そんな偉業達成の瞬間、当の本人はキツネにつままれたような面持ちで、周囲からの祝福をどこかぎこちない笑顔で受け止めていたし、表彰式で君が代が流れ日本中が感慨にふける間も、彼女は国歌を軽く口ずさみながらも視線はずっと泳いでいた。
そしてようやく日本のメディアに流れたインタビューでは、「実感がない。ただただびっくりしています」と繰り返した。


案外、そういうものなんだろうと思う。国の威信をかけて…などとギラギラしていたら、日本選手団が不振を極めるこの状況下でこういう結果を残せるはずがない。
周囲の喧騒と実に上手に距離を置いて、最高の自分を出せる状態に専念することに成功した彼女。
そこには下世話な名誉心や物欲などは見られず、ただ純粋にアスリートとして自分を高めたいという欲求に従った結果であると思う。
とにかく、あきらめ・やけくそといった感情に満たされつつあったこのオリンピックに大きな光を与えてくれたことに最大級の賛辞を贈りたい。
おめでとう、荒川選手!